第4回
よく噛むことの効用
―歯科からメタボを減らすために―

公開日: 2016年11月10日木曜日




していますか? 生活習慣病予防


 筆者も40歳を過ぎて、身体の代謝が悪くなってきました。
 今まではあまり気にせずに何でも食べていましたが、なるべく間食などを控えて、揚げ物などを食べる機会も減らしています。秋になって、食べ物の美味しい季節ではあるのですが……。

 職場の定期健康診断を受けたとき、担当医師に身体の代謝を上げる方法を相談してみたところ、ウォーキングやスロトレ1)を勧められました。

 私の職場の人たちは、仕事が忙しい中でも時間を見つけて、趣味のスポーツにも積極的にも取り組んでいる方が多いのですが、私の場合はしばらく激しい運動をしていなかったので、身体を痛めないように気をつけて、代謝を高める運動を心がけた方が良いそうです。
 今後、生活習慣病を予防するためには、私も今までの自分の生活習慣を反省しつつ、そろそろ生活習慣全体を年齢相応に見直していく時期に来ているのかもしれません。

 歯科疾患の多くは生活習慣病として知られていますが、歯科から生活習慣にアプローチして、メタボ対策に役立つことはないのでしょうか? 

 今回は、歯科からメタボリックシンドロームを減らすために、よく噛むことの効用を話題として取り上げたいと思います。



メタボ予防のために行われる特定健診・特定保健指導


 平成204月より、40歳から74歳のすべての被保険者・被扶養者を対象に「特定健診・特定保健指導」が実施されています2、3)
 この制度では年1回の健診を行い、生活習慣病の前段階であるメタボリックシンドロームのリスクの高い人に積極的な保健指導を実施して生活改善を促し、生活習慣病を予防することを目指しています。


(SCSK健康保険組合HPより改変)

 特定健診・特定保健指導は、すべての被保険者・被扶養者を対象にしている割には、当初の実施率はあまり高くなく、平成20年度には全体の38.9%にすぎませんでした。
 その後、少しずつ実施率が高くなり、平成25年のデータでは全体の47.6%が受診しています(男性52.8%、女性42.64、5)

 通常、健診は女性の受診率が高くなりがちですが、この特定健診・特定保健指導では、例外的に男性の実施率が高くなっています。
 その理由は、男性の方が生活習慣病に対する意識が高いというわけではなく、健康保険組合(会社員など)や共済組合(公務員、私立学校教職員など)などの保険者では、職場における特定健診・特定保健指導の実施率が高いからだとされています。



特定健診・特定保健指導で歯科は活躍できるか?


 メタボ対策というと、まず、最初に思いつくのが食事と運動です。
 食事は「噛む」ことと密接に関係しているので、特定健診・特定保健指導においても歯科医療職が活躍できる場所がありそうなのですが、残念ながら、ここでも歯科医療職はほとんど蚊帳の外に置かれています

 食に関する施策には歯科医療職が必要不可欠である、という社会的なコンセンサスが十分に得られていれば、特定健診・特定保健指導は歯科医療職を含めた多職種連携を進める機会になっていたと思われるのですが……、現実は厳しいです。

 「歯科医療職は食の専門家である」というメッセージを、他の保健医療職や国民に向けて、わかりやすく示していく必要があります



よく噛むことの効用


 忙しいビジネスマンのなかには、時間がないためなのか、驚異的に食事が早い人が見られます。
 私も比較的食べるのが早い方なのですが、他の追随を許さないような早さです。
 仕事が忙しいときには、食事を早く済ませたいのは理解できるのですが、早食いの習慣のある人はBMIが高くなりやすいことが、疫学研究の結果などからわかっています6,7)

 また、よく噛むことには、
1) 肥満の予防
2) 唾液の分泌を促す
3) 口の周りの筋肉が鍛えられる
4) 脳の働きを活発にする
などの効果があると言われています8)

 上記のような噛むことの効用は、歯科だけが手前味噌で言っているわけではなく、栄養学の立場からも、よく噛むことの意義がしばしば強調されています9)

 さらに、ひと口30回以上かむことを推奨する厚生労働省の「噛ミング301012)では、各ライフステージにおける食育推進などが提言されていて、いずれのライフステージでも噛むことが健康に重要な役割を担っていることが示されています(注:特定健診・特定保健指導から外れる高齢者の場合は肥満予防よりも、歯科的な管理をしながらよく噛める状態を維持しておかないと、栄養のバランスがくずれて低栄養になりやすいことが指摘されています)。

 生活習慣病では、ひとつのリスクが複数の疾患のリスクファクターになっていることが知られています。
 そのため、特定健診・特定保健指導に歯科関連プログラムを入れることができれば、口腔の健康も意識させながら生活習慣病の共通のリスクファクターに働きかけて、生活習慣病全体を改善できることが期待されます(共通リスクファクターアプローチ: Common risk factor approach1314)

 歯科関連プログラムを特定健診・特定保健指導に導入する方法はすでに検討されており、導入マニュアルも公開されています15)
 そのマニュアルでは、歯科関連プログラムを特定健診・特定保健指導に導入するメリットとして、以下の項目をあげています。

1) 「早食い」・「間食」対策を入れることにより、メタボ改善に向けた保健指導が強化される
2) 食事指導内容を確実に遂行できるように、咀嚼に支障を来している人に歯科治療を勧める機会が得られる
3) 歯科保健行動は行動変容が比較的容易で、生活習慣改善に向けた弾みをつけることができる
4) 歯周病改善によるメタボ改善効果が期待できる可能性がある



歯科ならではの効果を示すことが大事


 特定健診・特定保健指導は効果的だという報告16)がある反面、肥満傾向の人は減っていないのではないかとも言われています17)。データベースの不備で、効果の検証が2割程度しかできない状況に陥っていることも報道されています1819)

 生活習慣病対策では、さまざまな職種が協働して介入することで効果が高まることが知られていますが20)、特定健診・特定保健指導は歯科医療職がほとんど関与しておらず、制度上も多職種連携の流れに逆行しているようにも見えます。

 上記のように、特定健診・特定保健指導はまだ検証も十分とは言えず、改善の余地のある制度です。
 医療費の増大が言われているなかで、こうした制度もデータヘルス計画2122)の一環として、データの検証をもとにした保健事業が重視されるようになるのでしょう。
 そのときまでに、歯科保健がデータの検証に耐えられるような「よく噛むこと」の効用に関するデータをわかりやすく示せるのか、歯科の実力が問われています。



参考文献

1)オムロンヘルスケア:女性のカラダ基礎知識 1日10分の「スロトレ」で理想のカラダづくり.http://www.healthcare.omron.co.jp/woman/column/bika01.html
2)厚生労働省 e-ヘルスネット 情報提供:特定健診・特定保健指導とは.
https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/metabolic/m-04-001.html
3)厚生労働省:医療制度改革に関する情報 特定健康診査・特定保健指導に関するもの.
http://www.mhlw.go.jp/bunya/shakaihosho/iryouseido01/info02a.html
4)厚生労働省:平成25年度特定健診・特定保健指導の実施状況について.
  http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000095068.html
5)厚生労働省:平成25年度特定健康診査・保健指導の実施状況について.
  www.mhlw.go.jp/bunya/shakaihosho/iryouseido01/dl/info03_h25_00.pdf
6)安藤雄一,花田信弘,柳澤繁孝:「ゆっくりとよく噛んで食べること」は肥満予防につながるか?ヘルスサイエンス・ヘルスケア,2008,8:51-63.www.fihs.org/volume8_2/article8.pdf
7)厚生労働省 e-ヘルスネット 情報提供:早食いと肥満の関係 -食べ物をよく「噛むこと」「噛めること」https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/teeth/h-10-002.html
8)協会けんぽ 健康サポート:噛ミング30(カミングサンマル)で健康に.
  https://kenkousupport.kyoukaikenpo.or.jp/sp/support/04/20110126.html
9)加藤秀夫,前田朝美,齋藤望,花田玲子,山田和歌子,出口佳奈絵,苧坂枝織,西田由香:時間栄養学から食育を科学する(総説).東北女子大学・東北女子短期大学紀要 2014,52:11-20.
http://hrr.ul.hirosaki-u.ac.jp/dspace/bitstream/10634/7085/1/TohokuJyoshi_52_11.pdf
10)厚生労働省:歯科保健と食育の在り方に関する検討会報告書(概要).
http://www.mhlw.go.jp/shingi/2009/07/dl/s0713-10a.pdf
11)厚生労働省:歯科保健と食育の在り方に関する検討会報告書
http://www.mhlw.go.jp/shingi/2009/07/s0713-10.html
12)テーマパーク8020:食育.https://www.jda.or.jp/park/relation/syokuiku_02.html
13)Watt RG:Strategies and approaches in oral disease prevention and health promotion. Bulletin of the World Health Organization 2005,83:711-718.
  http://www.who.int/bulletin/volumes/83/9/711.pdf(2016年10月20日最終アクセス)
14)大山篤,安藤雄一,森田学:糖尿病と口腔保健アセスメント項目の関連性の検討―生活歯援プログラムを利用して―.口腔衛生学会雑誌,2015:65:283-294.
15)平成26年厚生労働省科学研究委託「生活習慣病の発症予防に資する歯科関連プログラムの開発とその基盤整備に関する研究」班:特定健診・特定保健指導への歯科関連プログラム導入マニュアル.http://www.niph.go.jp/soshiki/koku/oralhealth/kks/main/manual.html
16)厚生労働省:第14回特定健診・保健指導の医療費適正化効果等の検証のためのワーキンググループ 最終取りまとめ.http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi2/0000090334.html
17)ニッセイ基礎研究所:特定健診・保健指導の実施状況-実施率向上のためには何が有効か?  http://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=42806?site=nli
18)日本経済新聞:メタボ健診、効果検証2割のみ データベースに不備. http://www.nikkei.com/article/DGXLASDG04H5V_U5A900C1CR8000/
19)保健指導リソースガイド:特定健診の効果が測れない システムの設計ミスで8割が検証不能. http://tokuteikenshin-hokensidou.jp/news/2015/004531.php
20)阿部眞弓:禁煙指導法.日呼吸会誌,2004,42:607-615.
http://www.jrs.or.jp/quicklink/journal/nopass_pdf/042070607j.pdf
21)厚生労働省:医療保険者によるデータヘルスについて.http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/iryouhoken/hokenjigyou/
22)厚生労働省:データヘルス計画作成の手引き.http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000061273.html
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